初めて解剖実習を経験したのはSwedish Institute College of Health Sciencesに在学中の必須科目の一つだったからです。解剖実習といっても、prosection(プロセクション)と呼ばれるもので、すでに専門家により解剖をほどこされたご献体(cadaver)を使って、学生に身体の構造をデモンストレートするものでした。
マンハッタン内の某医大の解剖実習室(ラボ)は想像通り広くて暗くてひんやりとしており、強い薬品の匂いが充満していました。学生たちは「羊たちの沈黙」の映画のように、鼻の下にメンソレを塗って、恐る恐る解剖台をのぞき込みました。何度もデモンストレーションで使われていると思われるご献体は茶色く乾ききっており、筋肉は紙のように薄く、現実感がありませんでした。インストラクターはホラー映画に出てくる検死官を思わせる変人そうなおじさんで、ご献体をひっくり返すときに「あっ、内臓出ちゃった」などと言って、おびえる学生をからかっていました。恐らく毎回やっているんだろうなと思いました。何にも触れていないのに衣服にホルマリンの匂いがつき、帰宅してすぐにシャワーを浴びて着替えたことを覚えています。
別の年には、Gunther Von Hagensのボディワールド(https://bodyworlds.com)という人体の展覧会がマンハッタンで開催中だったことから、ラボの代わりにこれを選択することができました。プラスティネーションという特殊処理により、立体的な人体構造を様々な角度から観察することができました。とてもクリーンなプレゼンテーションでしたが、実際の人体とは異なる美術品を見ているように感じました。
学校では座学で解剖学のテキストブックを使って勉強をしましたが、筋肉や骨格の名前を覚えて、試験で満点を取っても、実際に生きた人間の体での理解が深まりません。私は2次元のイメージを3次元に置き換えることができず、組織間の関係がどうしても頭に入りませんでした。無事卒業後にもYouTubeで医大の解剖実習教材ビデオを探して見ていましたが、ほとんどの場合局所解剖(regional anatomy)で、全体との関係が全く分かりません。自分の体との関係もわからず、実感が湧きませんでした。私は「kinesthetic learner」と呼ばれる触って動いて覚えるタイプのため、特に理解が難しかったのです。
そんな時、偶然見つけたのがGil Hedley先生のIntegral Anatomyシリーズでした。先生の解剖アプローチは「このレッスンでは肩の構造を解剖しましょう」という局所解剖と全く異なり、1体のご献体をホリスティックに探索していくもので、初めて腹落ちする感じを持つことができたのです。食い入るように8本の解剖ビデオを見たあと、この人はどんな人だろうとググってみました。そこで、3週間の特別ワークショップがニュージャージー州の某医大で実施されることを知り、清水の舞台から飛び降りるのりで締め切りギリギリに申し込んだのがことの始まりでした。
2014年の当時、私はメスも握ったことがなく、いわゆる試験に受かるためだけの解剖学の知識しか有りませんでした。解剖前のご献体を見たこともなく、不安なことばかりでしたが、一生に一度しかない機会と思い、参加したのです。それから毎年解剖実習室で過ごすことになると誰が予測できたでしょうか。
初めての解剖
初めての解剖実習はGil Hedley先生の特別な研究プロジェクトでした。某医大の肉眼解剖学(Gross Anatomy)実習室に解剖台を8台並べ、1台につき4人のチーム(通常のワークショップでは8人です)が週に6日、3週間にわたり解剖を行いました。
驚いたことに参加者の大部分がリピーターでした。職種はマッサージ・セラピスト、ヨガインストラクター、ロルファー、彫刻家、助産士、ピラティスインストラクター、整骨医、解剖学のインストラクター、と様々でした。このとき一緒に受講した人達と今でも再びワークショップでよく出会います。
実際に自分の手でメスを入れるのには大きな勇気が必要でしたが、そのうち目の前に広がる人体の驚異に満たされ、2次元でしか見たことのない人体の内側の構造に自分の手で触れることにより得られる理解の深さに圧倒されました。いかんせん、基礎知識が不足していたため、何を見ても驚くだけで、詳しい説明をしていただいても吸収しきれず、最後の数日は飽和状態になってしまいました。
実習が終わった後、これが最初で最後の解剖実習だと思ったのもつかの間、翌年のワークショップは「unfixed」(薬品による防腐処理をせず、低温保存された)ご献体を解剖するとの告知があり、リピーターに訊いてみたら、「全く違うから絶対やれ!」「お花畑のように美しい」「関節が動くので動きを観察できる」との声が上がり、恐る恐る申し込んだのが運のつきでした。その美しさに魅了されてしまったのです。
以来約10年、延べ1,300時間以上をGil Hedley先生と解剖実習室ですごしています。
