統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その5)

ファシア(筋膜)の呼び方は、学派によって異なりますので、どの伝統に従った名称かを確認する必要があります。統合解剖学では米国式の用語を使っており、欧州式の用語とは異なります。たとえば、欧州のファシアの研究者であるCarla Stecco教授とGil Hedley博士は親交がありますが、Stecco教授は欧州式の用語を使い、Hedley博士は米国式の用語を使っています。

統合解剖学におけるSuperficial Fasciaとは

Hedley先生がSuperficial Fascialと呼んでいるものは、基本的に真皮とDeep Fascia(深層筋膜)の間にある皮下脂肪を含む構造すべてです。欧州派の用語では、浅筋膜は、浅層脂肪と深層脂肪の間にある筋膜を指し、おそらく日本は欧州式を使っていると思います。この点に注意してください。

2日目の朝には、前日に皮膚レイヤーを除去したご献体を観察します。ご献体は黄色い皮下脂肪(subcutaneous fat/adipose)層にくるまれています。統合解剖学にとって、最も重要なレイヤーです。皮下脂肪はしばしば悪者として扱われますが、適切な皮下脂肪は人間が健康に生きていく上で欠くことができない器官です。

10年間に1体だけ、皮下脂肪がほとんど見られない高齢女性のご献体に遭遇しました。衝撃や温度変化から体を守る、いわば柔らかく暖かいフリースのジャケットを剥ぎ取られたような状態でした。どのような晩年だったのか考えると、悲しい光景でした。通常はどれだけ痩せていても、皮下脂肪層は観察できます。ボディビルダーで筋肉の形がはっきり見えても、皮下脂肪層は存在します。ただ、個体と場所によって厚みを初めとする特性が異なるだけです。

人体解剖図にこのレイヤーが描かれることはまずないので、黄色い脂肪層に全身をくるまれた人体を想像するのは難しく、その存在を意識することもないと思います。しかし、これは単に脂肪がたまっているものではなく、強靱な構造として剖出することができるのです。

手技施術者は、特定の筋肉を「ほぐす」施術をしている時に、このレイヤーを通してアプローチしていることを思い知らされます。私も最初にこの黄色い、時には分厚いレイヤーを見たときはショックでした。このレイヤーだけにまる1日をかけて丁寧な観察と解剖を行っている解剖実習は数少ないと思いますが、実際に解剖を行わない限り、その意味深さを説明し切れません。

そして、このレイヤーを筋肉を被うディープファシアを残して除去する際のメスや手を通して感じるセンセーションによる学びはヘドレー先生のワークショップで最も深いものの一つです。

皮下脂肪層というと、脂肪がたまっているだけ、と考える方が多いと思いますが、これはレイヤーとして剖出することのできるひとつの構造/器官なのです。

https://www.gilhedley.com/membership から無料のEasy Rider Membershipに登録すると、Gil Hedley先生のSuperficial Fascia(表層ファシア)に関するレクチャーを視聴することができます。日本語字幕はついていませんので、英語のみです。Youtubeでもsuperficial fasciaの構造についてのレクチャーを見ることができます。いずれ日本語字幕をつけてお知らせします。https://youtu.be/6cRwgkD_4ds?si=Dzl3OF_sHxIDFE_C 

皮膚と浅層ファシアのより詳細なレクチャーもYoutubeでごらんになれます。日本語字幕つきです。このビデオはご献体の解剖映像が出ますので閲覧要注意です。

Integral Anatomy, V1 pt1: Skin & Superficial Fascia: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その4)

レイヤーごとに解剖していく統合解剖学の1日目は皮膚の解剖です。皮膚は人体最大の器官であり、外の世界から身体を守るための最初の防護壁でもあります。また、外界との境界面であると同時に、接点でもあります。外科医でないかぎりは、このレイヤーを通してクライアントに語りかけることになります。

私が選んだご献体「フランク」の解剖台には5人の実習生がつきました。私を含めた3人が統合解剖学アシスタント経験者であり、1名は解剖学研究所の関係者、解剖が初めての人は1人でした。解剖チームにより、メンバーの知見、経験、専門分野などから異なる経験が得られます。

SKIN-皮膚

レイヤーごとに解剖していく統合解剖学の1日目は皮膚の解剖です。皮膚は人体最大の器官であり、外の世界から身体を守るための最初の防護壁でもあります。また、外界との境界面であると同時に、接点でもあります。外科医でないかぎりは、このレイヤーを通してクライアントに語りかけることになります。

解剖実習室の隣の教室で参加者から施術を受けるJim Pulciani所長。参加者の多くが手技施術者なので、よくこのように施術の交換が行われています。施術者の能力は皮膚を通してどれだけ敏感に内部の構造を読み取るかに左右されます。

初めての解剖実習で、ご献体にメスを入れるのにためらったことを覚えています。確かに、皮膚に守られている完全な体にメスを入れることは、内側と外側の境界をなくす重大な行為かもしれません。メスを入れた瞬間に、テンセグリティを失った皮膚は二つに分かれ、「内側」への扉が開かれます。

ご献体の皮膚に初めてメスを入れる瞬間は一生に一度しかありませんので、はじめての方はこの瞬間を大切にしてください。

There is only one cut.

Dr. Gil Hedley
防腐処理を施していないご献体を解剖すると、血液が流れ出ることはないのか、という質問がよくありますが、心臓が動いていない、ということは圧がかかっておらず、ある程度凝固していること、また、この段階では血管が微細なので、血液が流れ出すということはありません。

一般に人体解剖のビデオを見ると、すでに見慣れた筋肉の構造が表面に出ている状態がほとんどです。最も外側にある表皮と筋肉組織の間にある構造が完全に無視されています。統合解剖学では、レイヤーとレイヤーの間の関係に焦点を当ているので、筋肉組織に到達するまでの過程に大きな時間を割きます。

皮膚の剖出では、表皮と真皮(この二つを分けて解剖するのは現実的ではありません)を皮下脂肪層(呼び方はいろいろです:adipose layer, subcutaneous layer, superficial fascia layer)から剖出します。真皮と皮下脂肪層は親密な関係にあるので、解剖実習で最も労力を要求される部分です。メス(scalpel)はすぐに鈍くなります。

肉眼では見えませんが、皮神経、動脈、静脈、筋繊維(立毛筋)そして線維構造が皮下脂肪層と真皮層を繋いでいるからです。体の部位により、密着度が異なったり、厚みが異なったりすることに気づくことも大切です。

私は1日目の終わりが肉体的に一番疲れますが、初めての方は興奮状態になって眠れないこともあるようです。1日の終わりのミーティングで精神的なケアについてのお話しがありました。

https://www.gilhedley.com/membership から無料のEasy Rider Membershipに登録すると、Gil Hedley先生の皮膚に関するレクチャーを視聴することができます。日本語字幕はついていませんので、英語のみです。

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その3)

Meet the Teachers –ご献体との対面

ご献体との対面は緊張する瞬間です。多くの参加者にとって、亡くなった方のお体を拝見するのは初めての体験となります。解剖台に置かれ、シーツで被われたご献体を囲み、まず感謝の念を表明します。ここに横たわっているご献体は、Viewingと呼ばれる日本では通夜に相当する儀式を受けていません。これから私たちが1週間以上をかけてご献体と向き合うということは、故人をお見送りする儀式もかねているという心構えを確認し、ご献体に対する配慮と敬意を忘れないようにします。

ご献体を被っているシーツを取り除いたときに、いつもその場の空気が変わります。どのように変わるかは、ご自分で参加して経験してみてください。

ご献体は当然ながら衣服をつけていない状態で横たわっています。統合解剖学では、ご献体を「モノ」として見ないという考え方にのっとって、撮影時に匿名性を確保する必要がある場合を除いて、お顔に布をかぶせることはありません。

「亡骸」という言葉が表すように、これは亡くなった方の魂が抜けた後に遺された器です。ヘドレー先生は「亡骸」という意味で「form」という言葉を使われます。人は生きているときには身体と魂は一体となった切り離せない存在ですが、亡くなった後に遺った体は、「人」ではなく「亡骸」「遺骸」なのです。

ヘドレー先生は「靴」のたとえを使われます。靴は履く人の足の形、歩き方、重心の取り方、歩く場所によって形を変えます。新品の時には区別がつかなくでも、履き込んだ靴は、それぞれの持ち主を反映して形状、靴底のすり減り具合、傷の付き方、で唯一無二のものとなります。しかし、靴はその人ではないのです。

This is not Gil Hedley.

Dr. Gil Hedley

目で見て、手で触れて観察

ご献体との最初の対面のあと、目視による観察が行われます。今回の実習では女性のご献体3体、男性のご献体1体でした。4体ともに、かなりなご高齢であることがうかがえました。

外から見て、ご献体の体型は様々です。例えば、下位の肋骨が外向きに広がり、体型をつくりあげている場合や、皮下脂肪層が主として全体の印象を創り上げている場合、皮下脂肪は薄くても腹部の内臓が目立ってせり出している場合などです。

ご献体には手術痕が見られることが多く、後に瘢痕組織(scar tissue)がどのように形成されているかを観察します。よくある手術痕には人工股関節置換(hip replacement)や、人工膝関節置換(knee replacement)、開胸手術の痕、ヘルニア、女性の場合は帝王切開などがあります。

ペースメーカー、化学療法のポータル(薬剤投入口)、人工透析のポータル、ドレナージなどの人工物もしばしば見られます。解剖実習生には医療現場で活躍している方がいることから、様々な観点からの指摘があります。今回、ご献体の1体の胸部にポータルが埋め込まれていることが観察されましたが、チューブが2本あることから、人工透析のポータルである、という知見がシェアされました。化学療法の場合、チューブは1本だということでした。

ご献体では様々な色が観察されます。目視観察の際に留意しなければいけないこととして、生前のものか、死後についたものかかを区別することです。皮下出血の痕がよく見られますが、大部分は亡くなった後の搬送時に発生したもののようです。

この後、実習参加者は自分が引き付けられるご献体を選択し、それぞれのグループに分かれます。ご献体にはそれぞれ認識番号が割り振られていますが、「モノ」化しないために、実習中に使う呼称を考えます。私は、男性のご献体を選択したグループにつき、「フランク」と呼ぶことになりました。

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その2)

統合解剖学ワークショップではfixed(薬品による防腐処理を施したご献体)とunfixed(薬品を使わず低温保存したご献体)のいずれかが使われます。最近のアメリカのトレンドはunfixedに流れているようですが、「どちらがよい」ということはない、というのがヘドレー先生の立ち位置です。

私も両方を経験しましたが、何を解剖の目的にするかによって選ぶ必要があります。

FIXED(エンバーミングを施したご献体)

米国ではご遺体を防腐処理して埋葬するのが一般的です。防腐処理はエンバーミング(embalming)と呼ばれ、葬儀会社には専門の資格を持ったエンバーマーが所属しています。キリスト教が優勢なアメリカでは火葬は少数派のようです。米国で何回かのキリスト教系のviewingやお葬式に参列しましたが、Viewingでは、棺に収まるエンバーミング済みのご遺体と対面するという形でした。

ヘドレー先生によれば、これはアメリカ独特の習慣で、南北戦争時に戦場で亡くなった兵士のご遺体を遺族の希望で故郷に連れ帰るために始まったものだということです。

埋葬用のエンバーミングと解剖用のエンバーミングは多少異なりますが、薬品を注入(主成分ホルムアルデヒド)することにより、滅菌されるので、血液脳関門(blood brain barrier)のある脳を除いては、ご献体から病原菌がうつることはありません。最初は薬品臭が気になるかもしれませんが、人間の嗅覚はすぐに慣れるためか、私は特に気になりません。

防腐処理をほどこしているので、当然長期にわたる解剖に適しています。医大等で実施される解剖にはFixedが使われていると思います。薬品を血管から注入し、組織に浸透させていることから、組織の質感がかわります。一番異なるのは可動域です。関節はエンバーミングされた後の位置で固まっており、動かすことはほぼできません。つまり、動きを観察したい場合には適しません。

逆に組織が固まっていることから、解剖自体はunfixedよりも容易であり、構造と構造の区別がつきやすいので、初心者向けとも言えます。また、脳の構造を見たい場合は、fixedを選ぶ必要があります。

UNFIXED(低温保存のご献体)

今回のワークショップに使用されたのはunfixedと呼ばれる低温保存のご献体です。当然のことながら時間との競争となります。保存方法にもよりますが、1週間ほどが限界かと思われます。Institute for Anatomical Researchでは、冷蔵室と冷凍室をうまく使うことにより、解剖に最適な状態を保つようにしています。

ご献体は解剖用に供される前に、主な病原菌について検査され、安全性が確認されるまで使用できません。unfixedの場合は、地元からのご献体が多いようです。

unfixedのご献体の特性は、関節の可動域が生前よりも大きくなることです。麻酔をかけた人の四肢を、動くからといってやたら動かしてはいけないのはご存じかと思いますが、それと同じで「そんな動かしたら関節包破れる!」というような「抑制(inhibition)」が全くないからです。逆に言えば、動きに関心を持つ手技施術者やスポーツ系の施術者にとっては好都合と思われます。

脳については、もともと非常に柔らかい構造なので、unfixedで詳細な観察はほぼ不可能です。

私はここ数年、unfixedを中心に解剖していますが、かなりな経験があっても、柔らかくなってほぼ形をとどめていない組織を区別しながら解剖するのはかなり難しく、次はfixedにするつもりです。

私は10年前の最初の解剖がFixedでしたが、2回目のワークショップでunfixedのご献体を使うと聞いて、参加するかどうか迷いました。未知の体験とは不安なものですが、参加した人から「お花畑のように美しいから絶対にやるべきだ」と背中をおされました。たしかに、色がfixedよりは自然で美しいと思いました。

一方、最初の解剖がunfixedだった生徒は、fixedのありがたさがよくわかった、と言っていました。unfixedは格段に難易度が高いです。

ご自分の目的にあわせて選んでください。

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました。その1

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2023年8月21日から実施されているギル・ヘドレー先生の統合解剖学6日間+4日間の解剖実習ワークショップに参加しました。今年は、ワークショップの開催は3回で、Fixed(薬剤による防腐処理を施した)ご献体を使用するものが1回、Unfixed (薬剤を使用せずに低温保存した)ご献体を使用するものが2回でした。

今回のワークショップはunfixedの4体のご献体を1体につき5〜6人で6日間解剖した後、残りの4日間は骨格と内臓に焦点を当てるものです。後半で骨格全体の観察を行うため、前半では関節包は温存します。

1日目の午前中はオリエンテーションで統合解剖学で解剖実習を行うための心構えについて、ギル・ヘドレー先生からお話しがありました。先生の解剖実習の基本は、「ご献体は私たちに学んで欲しいと願うドナーとその家族からの贈り物である」という感謝の気持ちを持つことです。先生はご献体を「ティーチャー」と呼んでいます。

ご献体の冷蔵保存室は教員ラウンジと呼ばれています

参加者約二十数名の多くがリピーターです。海外からの参加も珍しいことではありません。今年はシンガポールを拠点とし、世界中で解剖学にのっとったYinyogaのワークショップを行われているJoe Phee先生が参加されました。参加者の職業は、ヨガ、ピラティスのインストラクター、ロルフィング、KMI等のストラクチャーインテグレーター、カイロプラクター(アメリカではドクターの資格です)等でした。

毎朝、解剖実習の前に隣接する教室で前日の経験についてや、考察についてディスカッションが行われます。人体解剖が初めての参加者にとっては、精神的な影響が大きいこともあるので、自分の感じたことを表現する場所を持つことは非常に重要です。

様々な専門分野で経験豊かな参加者が考察を交換することにより、分野外の気づきを持つ機会でもあります。

初日には安全に解剖を行うためのルールや、Scalpel(外科用メス)の使い方の指導があります。解剖はHemostat(止血鉗子)とメスを使って行います。

解剖時は手袋の着用が必須ですが、厚めのNitrite製のものがおすすめです。メスの刃の取扱には細心の注意が必要です。

先生は、メスを使うときには、1,2の例外を除いて必ずヘモスタットで組織を掴むように、と指導していますが、今回、私はこのルールを一瞬忘れたために、指を切りました。軽い切り傷でしたが、衛生上のリスクとなります。

私が切り傷の処置をしていると、先生が「何をしていて切ったのか」と言われたので、「先生の説明を無視してしまいました」と反省しました。この問答は、実践教育として重要な過程です。気をつけていてもアクシデントは必ず起きますが、何をしたらケガをするかを、実践で頭に叩き込むことが重要です。

(つづく)