統合解剖学ワークショップではfixed(薬品による防腐処理を施したご献体)とunfixed(薬品を使わず低温保存したご献体)のいずれかが使われます。最近のアメリカのトレンドはunfixedに流れているようですが、「どちらがよい」ということはない、というのがヘドレー先生の立ち位置です。
私も両方を経験しましたが、何を解剖の目的にするかによって選ぶ必要があります。
FIXED(エンバーミングを施したご献体)
米国ではご遺体を防腐処理して埋葬するのが一般的です。防腐処理はエンバーミング(embalming)と呼ばれ、葬儀会社には専門の資格を持ったエンバーマーが所属しています。キリスト教が優勢なアメリカでは火葬は少数派のようです。米国で何回かのキリスト教系のviewingやお葬式に参列しましたが、Viewingでは、棺に収まるエンバーミング済みのご遺体と対面するという形でした。
ヘドレー先生によれば、これはアメリカ独特の習慣で、南北戦争時に戦場で亡くなった兵士のご遺体を遺族の希望で故郷に連れ帰るために始まったものだということです。
埋葬用のエンバーミングと解剖用のエンバーミングは多少異なりますが、薬品を注入(主成分ホルムアルデヒド)することにより、滅菌されるので、血液脳関門(blood brain barrier)のある脳を除いては、ご献体から病原菌がうつることはありません。最初は薬品臭が気になるかもしれませんが、人間の嗅覚はすぐに慣れるためか、私は特に気になりません。
防腐処理をほどこしているので、当然長期にわたる解剖に適しています。医大等で実施される解剖にはFixedが使われていると思います。薬品を血管から注入し、組織に浸透させていることから、組織の質感がかわります。一番異なるのは可動域です。関節はエンバーミングされた後の位置で固まっており、動かすことはほぼできません。つまり、動きを観察したい場合には適しません。
逆に組織が固まっていることから、解剖自体はunfixedよりも容易であり、構造と構造の区別がつきやすいので、初心者向けとも言えます。また、脳の構造を見たい場合は、fixedを選ぶ必要があります。
UNFIXED(低温保存のご献体)
今回のワークショップに使用されたのはunfixedと呼ばれる低温保存のご献体です。当然のことながら時間との競争となります。保存方法にもよりますが、1週間ほどが限界かと思われます。Institute for Anatomical Researchでは、冷蔵室と冷凍室をうまく使うことにより、解剖に最適な状態を保つようにしています。

ご献体は解剖用に供される前に、主な病原菌について検査され、安全性が確認されるまで使用できません。unfixedの場合は、地元からのご献体が多いようです。
unfixedのご献体の特性は、関節の可動域が生前よりも大きくなることです。麻酔をかけた人の四肢を、動くからといってやたら動かしてはいけないのはご存じかと思いますが、それと同じで「そんな動かしたら関節包破れる!」というような「抑制(inhibition)」が全くないからです。逆に言えば、動きに関心を持つ手技施術者やスポーツ系の施術者にとっては好都合と思われます。
脳については、もともと非常に柔らかい構造なので、unfixedで詳細な観察はほぼ不可能です。
私はここ数年、unfixedを中心に解剖していますが、かなりな経験があっても、柔らかくなってほぼ形をとどめていない組織を区別しながら解剖するのはかなり難しく、次はfixedにするつもりです。
私は10年前の最初の解剖がFixedでしたが、2回目のワークショップでunfixedのご献体を使うと聞いて、参加するかどうか迷いました。未知の体験とは不安なものですが、参加した人から「お花畑のように美しいから絶対にやるべきだ」と背中をおされました。たしかに、色がfixedよりは自然で美しいと思いました。
一方、最初の解剖がunfixedだった生徒は、fixedのありがたさがよくわかった、と言っていました。unfixedは格段に難易度が高いです。
ご自分の目的にあわせて選んでください。
(つづく)
