統合解剖学における脂肪組織

Gil Hedley先生の統合解剖学の解剖実習でHedley先生と一緒に解剖指導をしているチームメンバーのMadhav Gramke先生が,統合解剖学(Integral Anatomy)の視点からの脂肪組織の重要性についての考察をシェアしてくださいました。

Gramke先生は、海綿が脂肪組織の姿に似ているとして、次のように書いています。

脂肪組織への感謝 by Dr. Madhav Gramke

これは私が特に解剖学の授業でよく教えているテーマです。もっと多くの人とこの考えを共有するのも良いかもしれないと思い、ここに書いてみました。脂肪組織についての情報は役に立つし、興味深く、しかも統合解剖学の分野以外ではなかなか見つかりにくいものです。加えて、私たちの西洋文化には脂肪への強い嫌悪感があり、そのために本来素晴らしいはずのこの組織に対して、私たちは悲しいほどに洗脳されてしまっているのです。

機能的な観点から見ると、脂肪組織はあらゆる面で非常に重要な役割を果たしています。いくつか例を挙げてみましょう。

まず第一に、細胞外マトリックスを除くすべての細胞――筋肉細胞、神経細胞、上皮細胞、結合組織細胞など――は脂質を主成分とする膜で包まれています。そう、あなたの体のすべての細胞は、脂質分子がなければ存在できないのです。

もっと大きな視点で見ると、脂肪組織は他の多くの組織の周囲を包んでいます。神経血管束(筋肉や臓器に血液と命を運ぶ木のような構造)は、柔らかくしなやかな脂肪の毛布の中で快適に包まれることを好みます。(健康な個体では)小さな束には小さな脂肪の膜が、大きな束にはまるで川のような脂肪の流れがまとわりついています。体全体の表面は、実は脂肪を含んだ膜(浅筋膜)で包まれており、多くの筋肉はその深部に薄い脂肪のパッドを持ち、それが滑らかな動きを可能にする潤滑面として機能しています。これも脂肪が優雅な動きにどれほど重要かを示す一例です。

また、多くのホルモン機能も脂肪組織を通して媒介されます。脂肪が不足すると、そうした重要な機能が妨げられてしまいます。脂肪組織に存在するホルモン細胞は、(少なくとも)脳、心臓、腎臓と常に交信しており、その信号に大きく依存しています。ちなみに、脳そのものも主に脂肪でできているんですよ。

そして、浅筋膜、つまり皮下脂肪組織は、私たちの体の中で最大の感覚器官でもあります。皮膚の下にあるすべての感覚受容体は、この脂肪の層の中に存在しています。そしてこのふわふわの層こそが、私たちの体の官能的な形――胸やお尻、腰のラインなど――をかたち作っているのです(筋肉ではありません!)。美しい曲線のある体を愛するということは、脂肪を愛するということ。それを否定するのは、無知か、意図的な目くらまし以外のなにものでもありません。

昔の、そして賢明だった時代には、脂肪は価値あるものとして認識されていました。”fat of the land(豊かな大地の恵み)”のような表現が、当たり前のように使われていたのです。

これは脂肪組織を賞賛すべき理由のほんの一部にすぎません。脂肪を拒絶したり、恥じたりすることは、悲しく、誤解に基づき、役に立ちません。どうか、自分の体の心地よい柔らかさを喜んでください。その毛布のような層が薄くても厚くても、どちらでも。

もちろん、無限に脂肪を蓄積すればよいという話ではありません。自然はバランスを好みます。脂肪が少なすぎてもよくないし、多すぎればそれによる問題が起こることもあります。このバランスは、人それぞれまったく異なるのです。大切なのは、自分自身の基準やあり方の範囲の中で、バランスの取れた生活を送ることだと思います。

どんなあなたであっても、どんな体を持っていても、まずはその奇跡のような存在に対して愛と感謝から始めましょう。そしてその姿勢で、自分にとって意味のある人生を生きてください。

呼吸と肺の精緻な動き:ギル・ヘドレー博士と統合解剖学を学ぶ

統合解剖学の解剖実習の際に、しばしばご献体の肺が呼吸している状態でどのように動くかのデモンストレーションが行われます。肋骨前面を取り除いた状態で行うこともあれば、肋骨はそのままで、肋骨間の筋を除去し、「窓」を開けた状態で行うこともあります。

原理的には器官に管を通して、肺に空気を送ります。初めてこれを実際に見た人は、言葉を失うほどの感動を覚えると思います。私は実習に立ち合うたびに、このデモンストレーションを見ましたが、肺の状態による動きの違いに驚かされます。下記のリンクのビデオでは、かなり健康で美しい肺の動きを見ることができます。字幕はついていません。音声を消して動きにのみ集中してみてください。(当然ながらご献体の映像です。閲覧注意)ご覧になった後に、ためになったら、日本語で大丈夫ですので、コメント入れてあげてください。ヘドレー先生が喜びます。

Exquisite Lungs Breathing: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

真っ黒になった喫煙者の肺ときれいな肺を並べた映像を見たことがある方は多いと思います。非喫煙者でも大気汚染のある場所で人生を過ごした高齢者の肺には微細な黒いパターンが見られます。吸い込んだ微粒子が沈着したものです。胸膜が肋骨に癒着している肺は、肋骨前面を外す際に、胸膜がはがれるバリバリという音がします。本来は呼吸に合わせて滑るように動かなければならない肺の動きが阻害されています。慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺は一目でわかるような病変があり、この状態で呼吸することがいかに困難かを想像することができます。

専門の医師以外は直接見ることのない様々な状態を実際に観察することができるのも、解剖実習による学びの重要性です。

解剖学研究所の第1回オンラインサミット開催

Gil Hedley先生のホームベースであるコロラド州の解剖学研究所Institute for Anatomical Researchが2024年5月24-26日の3日間にわたり、オンラインサミットを開催します。英語のみですが、ファシア関係の研究で著名な先生方や、ファシアをボディワークに取り入れて独自のシステムを開発し、世界的に有名な方が数多く出席されますので、英語が分かる方には、ファシア研究をめぐる最新の動向をキャッチするのに最適の機会と思います。

参加費は1日25ドルからで、収益は非営利団体である研究所の設備投資や運営に充てられます。ぜひご協力下さい。

下のスピーカー以外にも、著名な方が次々と参加を表明して下さっています。スピーカーの多くはファシア学会に関与されている方々なので、ファシアに興味のある方にとっては1度に皆さんのお話を聞いて、今欧米で何が起こっているかを知る絶好の機会になると思います。

申し込みは:https://www.anatomicalresearch.org/events/online-anatomy-summit-fundraising-event-2024-05-26-10-00 から。

ゲストスピーカー:個人的に知っている方と実習中によく名前をきく方のみ日本語で説明します。

正式なプロフィールは以下のウェブサイト(英語のみ)で見てください。

https://www.anatomicalresearch.org/about-5

https://www.anatomicalresearch.org/copy-of-friday-guest-speakers

https://www.anatomicalresearch.org/copy-of-saturday-guest-speakers

Bonnie Thompson
コロラド解剖学研究所の創設者であるボニー・トンプソン先生はマッサージセラピストとして1994年にGil Hedley 先生の解剖実習ワークショップを受講して以来、ボディワーカーもアクセスできる解剖研究施設の必要性を感じ、非営利のコロラド解剖学研究所を創設しました。何度もお会いしましたが、パワフルで解剖学教育に情熱を持たれている方です。

Joe Phee
ジョー・フィー先生は日本でも有名な陰ヨガのインストラクター講座を世界中で開いています。彼女は中国医学の知識と、西洋の解剖学の知識を組み合わせたヨガプラクティスを実践されています。Gil Hedley先生の解剖実習ワークショップの常連として、何度もお会いしましたが、知識を得ることへの情熱にあふれた方です

Lauri Nemetz
ローリ・ネメツ先生は複数の大学で解剖学の教鞭をとっており、最近ファシアと運動についての著書も出版されています。ドイツのグーベンで行われたファシア・ネット・プラスティネーションプロジェクトにも関与し、独自の解剖実習ワークショップも主催されています。Hedley先生のワークショップで何度かお会いしましたが、素晴らしい解剖の技術です。日本人の生徒向け解剖実習を指導した経験もあります。

Leslie Kaminoff
レスリー・カミノフ先生は世界的に著名なヨガ指導者で、世界中でワークショップを行われています。日本語でも出版されているヨガ解剖学の本の著者でもあります。カミノフ先生はヨガと呼吸ついての深い洞察を持たれており、非営利のブリージング(呼吸)・プロジェクトの創設者でもあります。カミノフ先生はネメツ先生といっしょにヨガに焦点を当てた解剖実習ワークショップを実施されています。Hedley先生の解剖実習ワークショップで何度もお会いしましたが、かなりな日本通です。

Carla Stecco
カーラ・ステッコ先生は、ヨーロッパのファシア研究の第一人者であり、日本のファシア研究でも彼女の研究がしばしば引用されています。主にヨーロッパで解剖ワークショップを実施されております。

Dr. Joe Muscolino
ジョー・マスコリーノ先生は手技施術者のためのオンライン教育コースを構築されており、ひとつひとつの筋について、イラスト、実際の解剖画像、モデルを使って包括的な情報を提供されています。私はオンラインコースの日本語字幕作成を担当していますが、非常に緻密で正確な指導をされています。著書も多数あり、世界各国でワークショップを開催されています。

Dr. Madhav Gramke
マダブ・グラムケ先生はGil Hedley先生に師事するためにコロラドに移住されました。私は共にA2Zプロジェクトと神経解剖プロジェクトに参加し、ご自身の解剖実習ワークショップも開催されています。背骨のアナトミーに非常に詳しく、素晴らしい知見を持たれています。

Jim Pulciani
ジム・プルチアーニ先生は解剖研究所の所長で、鍼灸師でもあります。先生の解剖スキルには素晴らしいものがあります。東洋医学と西洋医学の両方の視点から、施術を行われています。朗らかな人柄で、研究所をささえています。

Rachel Scott
レイチェル・スコット先生はヨガインストラクターの教育コースを作成している、いわばヨガの先生の先生の先生で、解剖学的知識に基づいたヨガ指導をされています。私は、スコット先生のヨガ教師指導用教材の日本語翻訳を担当してますが、自分のヨガが格段に上達しました。

Hedley先生の北米111都市神経系解剖研究プレゼンテーションツアー

現在Gil Hedley先生はアメリカとカナダの111都市を回りながら、2023年に実施した神経系解剖のプレゼンテーションを行っています。このプレゼンテーションは医師はもちろん、手技施術を行うすべてのプロフェッショナル、ヨガ、ピラティス等のインストラクターを対象としており、免許更新のための条件となるContinuing Educationの単位も取得できます。さらに、「身体を所有しているすべての人」にお勧めです。

わたしは2023年の3月末に1週間神経解剖プロジェクトのお手伝いに参加しましたが、目からウロコが落ちる体験でした。ちょうど迷走神経を心臓から肺までたどっている段階でした。

円安の時代なので、渡米してまで参加されるのは難しいかもしれませんが、いつか機会があれば、ヘドレー先生を日本に招待して、日本でプレゼンテーションをする機会をセッティングしていただける方がいらっしゃることを切に望んでおります。

神経系の実際の解剖フッテージというのはなかなか見つかりません。また複雑な神経叢については、ダイアグラム化した図はお馴染みですが、実際の人体のイメージはそれほど多くありません。

Hedley先生のプレゼンテーションでは解剖の過程で次の神経がカメラで撮影されています。

  • 髄膜、脳神経
  • 皮神経
  • 自律神経の複雑な分岐
  • 神経叢とその神経節
  • 迷走神経の経路全体
  • 尾骨までの交換神経幹
  • 頸神経叢
  • 上腕神経叢
  • 腰神経叢
  • 仙骨神経叢

見てみたいと思いませんか?

ツアーについてはhttps://www.gilhedley.com

2018年ファシア学会会議(ベルリン)でのプレゼンテーション

2018年にベルリンで開催された第5回国際ファシア学会会議(Fifth International Fascia Research Congress)で発表されたプレゼンテーションビデオです。ギル・ヘドレー博士が、「ファズ」(Fuzz)と呼んでいたファシアとは何かについて説き明かします。まず、皮下脂肪層、そして疎性結合組織を示し、いずれも、2015年ファシア学会会議で提案された定義に適合するファシアとして実証することができることを示します。一般に疎性結合組織と考えられている組織の名前として、表層ファシア(Superficial fascia)とペリファシア(perifascia)を提案します。

Fascia is all around us! (for 2018 Fascia Congress, Berlin): Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

ビデオの埋め込みが禁止されていますので、リンクから直接Youtubeにアクセスし、CCで日本語を選んで閲覧ください。

Fasciaという英語は日本語では筋膜と訳されているようですが、Hedley先生の統合解剖学の観点からここでは「ファシア」とカタカナ表記することにします。

このプレゼンテーションビデオでは、真皮の下にあるsuperficial fascia(浅層ファシア)と、Hedley先生が提唱するperifascia(ペリファシア)の性質が明示されています。

Hedley先生はまだファシアが注目されていなかった2005年に、ご献体で観察されたある構造を「Fuzz」と表現したスピーチのビデオを作成し、その後、Youtubeに投稿し、以来「Fuzz speech guy」として当時は数少なかったファシアを意識する研究者やマニュアルセラピストの間で有名になってました。以来、”fuzz”の正体の研究を重ねた結果、現在ではペリファシアと呼び、その特性からこれがファシアの定義に適合するものであるとされています。

Hedley先生はFuzzスピーチの情報をアップデートし、次のように説明しています。

「毛羽立ち(Fuzz)」は、実際には生体内の非常に湿った膜であり、私は現在「ペリファシア」と呼び、解剖学者は一般に疎性結合組織(loose areolar connective tissue)と呼んでいるものです。 私がこれをファシアと呼んで妥当であると考えるのは、それが結合組織の集合体であり、覆い、包み込み、シート状に剖出することができるためです。シート状に切り出すのは容易であり、私も他の多くのビデオでも行っています。 解剖時に引き裂くと「毛羽立った」ように見えるのは、それを構成するコラーゲン線維の組織が直線的ではなく「フェルト状」に組織されているためで、非生理的張力がかかると綿菓子ように毛羽だちます。 これらの組織は、筋骨格系の中で特に差異運動(differential movement)が発生する場所に存在します。 これらは滑りやすく湿っており、膨張性と弾力性があるため、これらの膜を介して関係する他の組織(筋束など)が作用し、相互に簡単に移動できます。 感覚神経終末もこれらの組織で終結しており、これらの滑りやすい経路を通って他の目的地に向かう多くの神経も存在します。 したがって、ペリファシア膜組織が静止状態、脱水状態、虚血状態、および/または炎症を起こしている場合、実際にそこが痛みの原因となる可能性があります。 私は、「What’s the Fuzz?! The role of Fascia in Healthy Movement」という一連のビデオで、研究室の画像や映像を使ってこれらの組織について詳しく議論し、説明しています。このビデオは私のウェブサイトで(https://www.gilhedley.com/products/what-s-the-fuzz-5-hr-ce-credit-course)見つけることができ、視聴できます。 イージーライダー会員(無料)に登録し、楽しんでください!

Gil Hedley, Ph.D.

浅層ファシア:Superficial fascia

Fascia is all round us!のビデオはまず、浅層ファシア(superficial fascia)の性質のデモンストレーションから始まります。浅層ファシアは密性結合組織である真皮(dermis)と筋肉の間にある層であり、皮下脂肪層のことです。人体解剖図やビデオでは皮下脂肪層に焦点が当てられることは希であり、その存在はしばしば悪者や排除すべきものとして扱われており、これまで皮下脂肪層が果たす重要な役割や機能について言及されることはまれでした。

美容整形で脂肪吸引という施術を聞いたことがあると思います。この言葉からは、単に皮膚の下の脂肪の塊を吸い取る、というイメージが想起されます。現実はどうなのでしょうか。

このビデオでは、ご献体から皮下脂肪/浅層ファシア片を剖出し、脂肪分を除去することにより、脂肪細胞を支えているマトリックス(骨組み/基盤)のみを取り出し、荷重をかけてその引っ張り強度をデモンストレーションしています。

医大のご献体処理室におけるワークショップで、実験用の特別な装備がなかったため、かなり原始的な方法でデモンストレーションされていることをご了解下さい。

この試みが行われた時に私は解剖助手として立ち合っていましたが、マニュアルセラピストとして皮下脂肪を見る観点が大きく変わりました。

ペリファシア:Perifascia

Peri=周辺、周囲 Perifasia=ファシアの周辺の組織

(3:31)Hedley先生がペリファシアと命名した組織についてのデモンストレーションが行われます。これは、初期のビデオで先生がFuzzと呼んでいた、筋組織と表層ファシアの間に存在する構造です。この構造は非常に薄く、透明であるため、容易に見逃されてしまいます。ペリファシアは表層ファシアの下だけでなく、筋組織の間にも存在します。

ペリファシアは時間をかければファブリック(膜)として剖出することができますが、組織が乾燥している場合は、引っ張ると裂けて毛羽だって見えます(Fuzz)。光が波動であり同時に粒子であるという概念と似ていますね。

先に表層ファシアの強靱性をデモンストレーションしましたが、このデリケートなペリファシアも特性的な耐久性を持っています。ペリファシアは水分を多く含んでおり、組織間の滑りをよくする働きをしています。

それでは、ペリファシアの層はいくつあるのでしょうか。実際のところ、人体は層にわかれているわけではなく、層(レイヤー)は使用する器具と技術により決まります。深層ファシアとペリファシアは連続しており、これをテクスチャーの違いに基づいて分離することにより、層として見ることができるのです。

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その3)

Meet the Teachers –ご献体との対面

ご献体との対面は緊張する瞬間です。多くの参加者にとって、亡くなった方のお体を拝見するのは初めての体験となります。解剖台に置かれ、シーツで被われたご献体を囲み、まず感謝の念を表明します。ここに横たわっているご献体は、Viewingと呼ばれる日本では通夜に相当する儀式を受けていません。これから私たちが1週間以上をかけてご献体と向き合うということは、故人をお見送りする儀式もかねているという心構えを確認し、ご献体に対する配慮と敬意を忘れないようにします。

ご献体を被っているシーツを取り除いたときに、いつもその場の空気が変わります。どのように変わるかは、ご自分で参加して経験してみてください。

ご献体は当然ながら衣服をつけていない状態で横たわっています。統合解剖学では、ご献体を「モノ」として見ないという考え方にのっとって、撮影時に匿名性を確保する必要がある場合を除いて、お顔に布をかぶせることはありません。

「亡骸」という言葉が表すように、これは亡くなった方の魂が抜けた後に遺された器です。ヘドレー先生は「亡骸」という意味で「form」という言葉を使われます。人は生きているときには身体と魂は一体となった切り離せない存在ですが、亡くなった後に遺った体は、「人」ではなく「亡骸」「遺骸」なのです。

ヘドレー先生は「靴」のたとえを使われます。靴は履く人の足の形、歩き方、重心の取り方、歩く場所によって形を変えます。新品の時には区別がつかなくでも、履き込んだ靴は、それぞれの持ち主を反映して形状、靴底のすり減り具合、傷の付き方、で唯一無二のものとなります。しかし、靴はその人ではないのです。

This is not Gil Hedley.

Dr. Gil Hedley

目で見て、手で触れて観察

ご献体との最初の対面のあと、目視による観察が行われます。今回の実習では女性のご献体3体、男性のご献体1体でした。4体ともに、かなりなご高齢であることがうかがえました。

外から見て、ご献体の体型は様々です。例えば、下位の肋骨が外向きに広がり、体型をつくりあげている場合や、皮下脂肪層が主として全体の印象を創り上げている場合、皮下脂肪は薄くても腹部の内臓が目立ってせり出している場合などです。

ご献体には手術痕が見られることが多く、後に瘢痕組織(scar tissue)がどのように形成されているかを観察します。よくある手術痕には人工股関節置換(hip replacement)や、人工膝関節置換(knee replacement)、開胸手術の痕、ヘルニア、女性の場合は帝王切開などがあります。

ペースメーカー、化学療法のポータル(薬剤投入口)、人工透析のポータル、ドレナージなどの人工物もしばしば見られます。解剖実習生には医療現場で活躍している方がいることから、様々な観点からの指摘があります。今回、ご献体の1体の胸部にポータルが埋め込まれていることが観察されましたが、チューブが2本あることから、人工透析のポータルである、という知見がシェアされました。化学療法の場合、チューブは1本だということでした。

ご献体では様々な色が観察されます。目視観察の際に留意しなければいけないこととして、生前のものか、死後についたものかかを区別することです。皮下出血の痕がよく見られますが、大部分は亡くなった後の搬送時に発生したもののようです。

この後、実習参加者は自分が引き付けられるご献体を選択し、それぞれのグループに分かれます。ご献体にはそれぞれ認識番号が割り振られていますが、「モノ」化しないために、実習中に使う呼称を考えます。私は、男性のご献体を選択したグループにつき、「フランク」と呼ぶことになりました。

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました(その2)

統合解剖学ワークショップではfixed(薬品による防腐処理を施したご献体)とunfixed(薬品を使わず低温保存したご献体)のいずれかが使われます。最近のアメリカのトレンドはunfixedに流れているようですが、「どちらがよい」ということはない、というのがヘドレー先生の立ち位置です。

私も両方を経験しましたが、何を解剖の目的にするかによって選ぶ必要があります。

FIXED(エンバーミングを施したご献体)

米国ではご遺体を防腐処理して埋葬するのが一般的です。防腐処理はエンバーミング(embalming)と呼ばれ、葬儀会社には専門の資格を持ったエンバーマーが所属しています。キリスト教が優勢なアメリカでは火葬は少数派のようです。米国で何回かのキリスト教系のviewingやお葬式に参列しましたが、Viewingでは、棺に収まるエンバーミング済みのご遺体と対面するという形でした。

ヘドレー先生によれば、これはアメリカ独特の習慣で、南北戦争時に戦場で亡くなった兵士のご遺体を遺族の希望で故郷に連れ帰るために始まったものだということです。

埋葬用のエンバーミングと解剖用のエンバーミングは多少異なりますが、薬品を注入(主成分ホルムアルデヒド)することにより、滅菌されるので、血液脳関門(blood brain barrier)のある脳を除いては、ご献体から病原菌がうつることはありません。最初は薬品臭が気になるかもしれませんが、人間の嗅覚はすぐに慣れるためか、私は特に気になりません。

防腐処理をほどこしているので、当然長期にわたる解剖に適しています。医大等で実施される解剖にはFixedが使われていると思います。薬品を血管から注入し、組織に浸透させていることから、組織の質感がかわります。一番異なるのは可動域です。関節はエンバーミングされた後の位置で固まっており、動かすことはほぼできません。つまり、動きを観察したい場合には適しません。

逆に組織が固まっていることから、解剖自体はunfixedよりも容易であり、構造と構造の区別がつきやすいので、初心者向けとも言えます。また、脳の構造を見たい場合は、fixedを選ぶ必要があります。

UNFIXED(低温保存のご献体)

今回のワークショップに使用されたのはunfixedと呼ばれる低温保存のご献体です。当然のことながら時間との競争となります。保存方法にもよりますが、1週間ほどが限界かと思われます。Institute for Anatomical Researchでは、冷蔵室と冷凍室をうまく使うことにより、解剖に最適な状態を保つようにしています。

ご献体は解剖用に供される前に、主な病原菌について検査され、安全性が確認されるまで使用できません。unfixedの場合は、地元からのご献体が多いようです。

unfixedのご献体の特性は、関節の可動域が生前よりも大きくなることです。麻酔をかけた人の四肢を、動くからといってやたら動かしてはいけないのはご存じかと思いますが、それと同じで「そんな動かしたら関節包破れる!」というような「抑制(inhibition)」が全くないからです。逆に言えば、動きに関心を持つ手技施術者やスポーツ系の施術者にとっては好都合と思われます。

脳については、もともと非常に柔らかい構造なので、unfixedで詳細な観察はほぼ不可能です。

私はここ数年、unfixedを中心に解剖していますが、かなりな経験があっても、柔らかくなってほぼ形をとどめていない組織を区別しながら解剖するのはかなり難しく、次はfixedにするつもりです。

私は10年前の最初の解剖がFixedでしたが、2回目のワークショップでunfixedのご献体を使うと聞いて、参加するかどうか迷いました。未知の体験とは不安なものですが、参加した人から「お花畑のように美しいから絶対にやるべきだ」と背中をおされました。たしかに、色がfixedよりは自然で美しいと思いました。

一方、最初の解剖がunfixedだった生徒は、fixedのありがたさがよくわかった、と言っていました。unfixedは格段に難易度が高いです。

ご自分の目的にあわせて選んでください。

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2023)に参加しました。その1

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2023年8月21日から実施されているギル・ヘドレー先生の統合解剖学6日間+4日間の解剖実習ワークショップに参加しました。今年は、ワークショップの開催は3回で、Fixed(薬剤による防腐処理を施した)ご献体を使用するものが1回、Unfixed (薬剤を使用せずに低温保存した)ご献体を使用するものが2回でした。

今回のワークショップはunfixedの4体のご献体を1体につき5〜6人で6日間解剖した後、残りの4日間は骨格と内臓に焦点を当てるものです。後半で骨格全体の観察を行うため、前半では関節包は温存します。

1日目の午前中はオリエンテーションで統合解剖学で解剖実習を行うための心構えについて、ギル・ヘドレー先生からお話しがありました。先生の解剖実習の基本は、「ご献体は私たちに学んで欲しいと願うドナーとその家族からの贈り物である」という感謝の気持ちを持つことです。先生はご献体を「ティーチャー」と呼んでいます。

ご献体の冷蔵保存室は教員ラウンジと呼ばれています

参加者約二十数名の多くがリピーターです。海外からの参加も珍しいことではありません。今年はシンガポールを拠点とし、世界中で解剖学にのっとったYinyogaのワークショップを行われているJoe Phee先生が参加されました。参加者の職業は、ヨガ、ピラティスのインストラクター、ロルフィング、KMI等のストラクチャーインテグレーター、カイロプラクター(アメリカではドクターの資格です)等でした。

毎朝、解剖実習の前に隣接する教室で前日の経験についてや、考察についてディスカッションが行われます。人体解剖が初めての参加者にとっては、精神的な影響が大きいこともあるので、自分の感じたことを表現する場所を持つことは非常に重要です。

様々な専門分野で経験豊かな参加者が考察を交換することにより、分野外の気づきを持つ機会でもあります。

初日には安全に解剖を行うためのルールや、Scalpel(外科用メス)の使い方の指導があります。解剖はHemostat(止血鉗子)とメスを使って行います。

解剖時は手袋の着用が必須ですが、厚めのNitrite製のものがおすすめです。メスの刃の取扱には細心の注意が必要です。

先生は、メスを使うときには、1,2の例外を除いて必ずヘモスタットで組織を掴むように、と指導していますが、今回、私はこのルールを一瞬忘れたために、指を切りました。軽い切り傷でしたが、衛生上のリスクとなります。

私が切り傷の処置をしていると、先生が「何をしていて切ったのか」と言われたので、「先生の説明を無視してしまいました」と反省しました。この問答は、実践教育として重要な過程です。気をつけていてもアクシデントは必ず起きますが、何をしたらケガをするかを、実践で頭に叩き込むことが重要です。

(つづく)

お知らせ:ギル・ヘドレー博士の北米レクチャーツアー

2023年から2024年にかけて、ギル・ヘドレー先生が北米111都市を回り、レクチャーツアーを実施します。最新の神経解剖プロジェクトの映像とスライドを使い、5時間にわたるワークショップとなっています。

Gil Hedley博士のYoutubeレクチャーシリーズ(閲覧無料)日本語字幕付

Youtubeに直接アクセスしてください。アナウンスだけなので日本語字幕はつけていません。

2023年から2024年にかけて、ギル・ヘドレー先生が北米111都市を回り、レクチャーツアーを実施します。最新の神経解剖プロジェクトの映像とスライドを使い、5時間にわたるワークショップとなっています。

北米の手技施術者は免許の更新に所定の時間数のContinuing Education単位取得が義務づけられていますが、このワークショップを受講されると5時間分の単位が取得できます。

受講料は150ドルと格安となっており、グループでお申し込みの場合はグループ割引も適用されます。

もちろん、すべて英語での講義ですので、専門用語に関する英語の知識が必要です。

神経解剖プロジェクトには私も助手として1週間お手伝いをしましたが、私が参加した時点には迷走神経が脳から出て気管支や食道を通り心臓に至るまで美しく剖出されていました。解剖のプロセスの一部を体験しただけですが、目からウロコでした。

ヘドレー先生にはワークショップを何度も受講した熟練したdissectorsのコアグループがついており、特別プロジェクトがあると招集がかかります。私もその一人に入っています。

数年前の全米ツアーではファシアを中心としたレクチャーが行われ、大好評でした。(プレゼンには私が助手をしていた時に作成したサンプルのファシア映像が入っています。すごい時間がかかって、泣きべそをかきながら準備したサンプルなので見てほしいです。)

大都市は早い時期に売り切れると思います。米国の学会とか米国留学の予定があるかたは、スケジュールが合えば参加してみてくださいね。

https://www.gilhedley.com/thenervetour

心臓の螺旋をほどく:ギル・ヘドレー博士と統合解剖学を学ぶ

ギル・ヘドレー博士が、人間の心臓の渦巻く螺旋をほぐし、血液がその動きを活性化し、酸素のレベルを回復する場所である心臓の性質について考察しています。人間の解剖学について学びたい方や鼓動する心臓の神秘に触れたい方にとって、美しいビデオです!

Gil Hedley博士のYoutubeレクチャーシリーズ(閲覧無料)日本語字幕付

Integral Anatomy Heart: Unwinding the Heart Center, with Gil Hedley, Ph.D.

Youtubeに直接アクセスし、CCから日本語字幕を選択して下さい。ご献体の解剖映像(心臓のみ)が出ます。閲覧注意。

心臓は血液を全身に送るポンプだと習った覚えがあるのではありませんか。確かに鼓動する心臓の映像を見ると、ポンプの役割を果たしていることは間違いないかもしれません。

ベドレー先生は、ただ血液を加圧して送り出しているのではなく、心臓がらせん状に動くことにより血液に回転を与えていると考えています。

つながり/連続性に焦点を置く統合解剖学の観点から、ヘドレー先生は心臓と血管系をひとつながりになった「心臓の樹」(heart tree)と呼んでおり、臓器としての心臓はheart centerと呼んでいることに留意してください。

洗濯物のタオルを力一杯手で絞ると、ねじれてかたまりになったことはありませんか。心臓も同じ原理で形づくられている、という考え方があります。

ヘドレー先生のタオルを使ったデモンストレーションをごらんくだされば、おおまかな概念が理解できると思います。

次に、Anatomy from A to Z のご献体「Z」から剖出した心臓を使って、逆に螺/ねじりをほぐしていくデモンストレーションをお見せします。もちろん、心臓は解剖済みです。

くわしい原理を知りたい方は、David Geffen School of Medicine at UCLAによるビデオをYoutubeで見ることをお勧めします。3Dアニメーションや実際の心臓の鼓動する映像、心臓のほぐし方(unwinding)をステップバイステップで説明した映像等をごらんになれます。

実際に解剖実習を行うことによる気づきは、座学とは比べものにならない深さがあります。ヘドレー先生のAnatomy A to Zプロジェクトの映像はすべてGilhedley.comでメンバーになることによりアクセスすることができます。日本語字幕はまだついてませんが、非常に価値のある教材となると思います。