表皮

医学部のグロス・アナトミー(肉眼解剖学)のラボに、真新しい白衣を着て入っていった。いくつか並ぶ解剖台のひとつに立つと、部屋中には空気清浄機の低い唸り音が響いていた。蛍光灯の光に照らされたラボは、無機質で生命感のない空間に見えた。複数の解剖台の上には、それぞれにご献体が安置されていた。これが、私にとって初めての人体解剖の授業だった。緊張していた。

医学生でも、葬儀関係者でも、検視官でも、法医学者でも、何らかの専門職でもなければ、裸の遺体がステンレスの台の上に静かに横たわっているのを目にする機会など、ほとんどない。ご遺体は保存のために防腐処理されており、皮膚はどこか異質な質感を帯びていた。

私の母国では、防腐処理の習慣はない。祖母が亡くなったとき、彼女は自宅の布団の上に、まるで眠っているかのように横たえられていた。家族が交代で一晩中そばに付き添うという古い慣習がある。死を身近に感じるための時間だ。私は線香を絶やさずに何時間も彼女のそばにいた。祖母の肌は黄色っぽく、しわがあり、乾いていたが、損傷はなく穏やかだった。布団の下からは、遺体の腐敗を遅らせるために使われたドライアイスの冷気が染み出してきて、かすかで独特な死のにおいを運んできた。

解剖ラボのご遺体の皮膚は、防腐液が組織に浸透しているせいで、不自然に湿っていた。私たちは死や防腐処理による変化を、元の身体の特徴と見分けられるよう注意深く観察した。皮膚の表面はところどころ剥がれており、日焼けの後の皮のようだったが、それよりも少し深い層だった。これは、表皮と真皮の結合が崩れ始める分解過程のひとつである。ひとりのご遺体は肌の黒い男性で、表皮の下から現れた色の白さに私たちは驚いた。肌の色とは、表皮の深さまでのものなのだと気づいた。表皮の下にある私たちは、誰もが同じ――淡く、白い。

表皮は、私たちの皮膚の最も外側の層であり、その厚さはまぶたで0.05mm、手のひらや足の裏でも1.5mmに過ぎない。けれどそれは、他人が最初に目にする私たちの姿を形作る、いわば社会的な器官でもある。私の肌には、東アジア系の特徴であるオリーブ色の色味がある。子どもの頃は外で過ごす時間が長く、日焼けしていた。室内で過ごす大人たちよりもずっと色が濃かった。父はよく、「そんなに黒くちゃ可愛くなれない」と言っていた。少なくとも当時の私の国では、女性の美しさの基準は「色白」であり、白ければ白いほどよいとされていた。

私の肌はいまも日焼けしているが、昔ほどではない。陽に当たらない部分は、白人の友人たちと変わらないほど白い。ただ、私は彼女たちほど簡単には日焼けで赤くならない。かつて「色黒で可愛くなれないアジアの女の子」と言われたその言葉は、長い間私の自己イメージを支配していた。でもそれは、表皮の深さしかない判断だった。脱皮するヘビの古い皮のように、もう合わなくなったら捨てられるはずのもの。今の私は、ある程度の年齢を重ね、美しく焼けた肌を誇りにしている――白人の友人たちの肌よりも、むしろ紫外線のダメージが少ないかもしれないほどに。

表皮の最下層にはメラノサイトという細胞が存在し、メラニンを生成して肌の色を決めている。もし表皮がなければ、誰もが色白である。肌の色で人を定義することが、いかに馬鹿げているか。メラニンは紫外線から皮膚を守る防御物質であり、肌の色が濃いというのは、それだけ紫外線に対する耐性が高いということにすぎない。

生きている身体では、メラノサイトが存在する表皮の一番深い層は真皮にしっかりと結合しており、簡単には剥がれない。表皮には感覚神経の末端が存在せず、唯一の例外であるメルケル細胞は振動を感知する特殊な受容体で、やはり最下層にしかない。そのため、表皮そのものに触れても痛みなどの感覚は基本的に生じない。

けれど、真皮と表皮の結合が非常に弱く、軽く触れただけで皮膚が剥がれ落ちてしまうという遺伝性の疾患も存在する。この疾患を持つ人は、紫外線、感染症、外部からの刺激などあらゆるものに対して極端に脆弱だ。もし、あなたの身体から表皮が失われたら、どうなるか想像してみてほしい。わずかな接触でも激痛が走り、日常のあらゆる瞬間が苦しみに満ちたものになるだろう。

心理学とスピリチュアル・カウンセリングを学んでいたとき、講師が「境界性パーソナリティ障害の人は、皮膚がないような状態」と表現していた。その比喩は、より正確には「表皮がない」状態と言うべきかもしれない。

表皮は、「自分」と「自分でないもの」との境界を形作り、体内を外界から守る第一の防壁として働いている。にもかかわらず、その厚さはたったの1ミリにも満たない。私たちの肉体的な存在は、驚くほど脆く、壊れやすい。

私はたまにヘナのタトゥーを入れるが、それが1~2週間で消えるのは、色素が表皮にしか浸透していないからだ。表皮の最外層である角質層は、死んだ細胞からなり、絶えず剥がれ落ちている。表皮の細胞は30〜40日ごとに新しいものに入れ替わる。人は生まれたときから、常に少しずつ死に続けているのだ。

私たちは、思っているほど他者と分離された存在ではない。地下鉄の車両に乗ったとき、ある特定の「人間の状態」に特有の匂いに出くわすことがある。体臭を発していた本人はもういないのに、匂いだけが残っていることがある。誰かのパーソナルスペースに偶然入り込んでしまうこともある。空気を通して、わずかな匂いの分子を吸い込むその瞬間、私は誰かの剥がれた表皮の微粒子をも吸い込んでいることに気づく。

手技療法家として、私はクライアントの表皮に触れる。真皮、つまり「本当の皮膚」には決して直接触れない。彼らと私のあいだにある境界、それが表皮だ。「自分でないもの」を外にとどめる見えない門番である。恋人たちの愛撫もまた、死んだ細胞の層を通って交わされる。剥がれ落ちた死んだ細胞は他の微細な物質と混じり、空気中を漂い、床に落ちる。この儚く薄い境界が、私たちを互いから守ってくれているのだ。

生きている人とご遺体との最初の違いは、皮膚にある。解剖室で、私たちはご献体を囲んで立っていた。誰も最初は触れようとしなかった。講師が促してようやく、私たちはおそるおそる手を伸ばし始めた。そのうち、次第に大胆に触れるようになった。ご献体は、学習のためであればどのように触れても文句を言わない。生きている人には境界があるが、遺体にはそれがない。誰かがあなたの身体に不適切な形で触れるとき、彼らはあなたをまるで遺体のように扱っているのだ。

自分が地面に横たわる死体だと想像してみてほしい。皮膚の最も外側の層に意識を向ける。その社会との接点が、パラパラと剥がれ落ちていく。それは乾燥して紙のように軽く、脆い。あなたのアイデンティティの一部が風に舞い、あなたを形作っていた境界線が、ひと吹きの風とともに消えていく。

シャバーサナ

私は解剖学の教科書や解剖マニュアルを書いているわけではありません。ただ、日常の言葉よりも解剖学的な用語の方がわかりやすい場合には、それを使っています。このブログは科学的な知識について書いたものではありません。詳細な解剖学的情報をお探しであれば、素晴らしい専門書がたくさんあります。これは、あくまで私が解剖実習でご献体と向き合い、その経験を通じて自分が何者であるか、そしてこの一生の中で特に自分の身体とどう関わるのかということについてかたちづくられてきた私自身の物語です。

ずいぶん前に、仰向けに横たわり、自分の体が徐々に腐敗して骨になるまでを想像する瞑想法について読んだことがあります。また、仏教には「墓場の瞑想」と呼ばれる修行があり、実際のご遺体が腐敗していく様子を見ながら、自分の体を内側と外側の両方から観察するというものがあることを知りました。それは、私たちの身体を含む物質的な存在が、腐敗する遺体と何ら変わらない、ただの儚い現象に過ぎないことを認識する訓練であると解釈し、非常に興味を惹かれました。

日本には「九相図」と呼ばれる、遺体が腐敗していく九段階を描いた伝統的な絵画があります。これは、日本版の「メメント・モリ(死を想え)」と言えるでしょう。美しい女性の体が徐々に腐敗し、動物に食い荒らされ、自然に還り、最後には白く乾いた骨となって地面に散らばる様子が描かれています。それは、自分の身体もまた無常であり、一時的なものであることを思い出させてくれます。

人は耐え難いトラウマを経験すると、意識を自分の身体から切り離し、自分を守ろうとすることがあります。身体は「私」という意識から分離され、特定の機能を果たすだけの道具のようになります。

禅心理学のセラピストとセッションをしていたとき、彼はよく「あなたの身体は何を感じていますか?」と尋ねました。そのたびに、私は天井を見上げたり、部屋を見回したりして、答えを自分の外側に探していました。「床に足が触れているのを感じますか?」と彼が聞いたとき、私は足が地面に触れている感覚を物理的に感じてはいましたが、それは自分の心の中で感じていることとは完全に切り離されたものでした。自分の身体をほとんど理解していませんでした。

屍の瞑想をするときでさえ、それをはっきりとイメージするのに苦労しました。自分の身体との意識的なつながりがないまま、屍はすぐにただの骨の抽象的なイメージに成り果ててしまいました。人間の身体がどれほど複雑で繊細なものなのか、そしてそれが自分の存在とどう関係しているのかを理解できませんでした。

解剖学実習を通じて、私は少しずつ自分と自分の身体とのつながりを回復していきました。解剖台に立つたびに、自分の人間性を取り戻しているような感覚がありました。人間解剖の世界に足を踏み入れてから10年以上が経ち、解剖室で過ごした時間は1,500時間を超えます。今では、年に一度の解剖ワークショップに参加することが、禅修行者が寺に戻るような感覚になっています。それは一種の精神的な修行であり、死と向き合う準備をすると同時に、現在という瞬間を生きることの重要性を思い出させてくれるのです。

ヨガでは、シャヴァーサナという仰向けに寝るポーズがあります。これは遺体を模したポーズです。解剖実習室で解剖台に向かうとき、私たちは静かにシャヴァーサナの姿勢で横たわるご献体と向き合います。それは、私たちだれもがいずれ取ることになる最後の姿勢なのです。

©2024

Gil Hedley先生の神経解剖プレゼンテーション受講報告

2024年9月7日にマンハッタンで実施されたGil Hedley先生の神経解剖プレゼンテーションに参加しました。2023年に5ヶ月間にわたって実施されたご献体「Captain」の神経系統解剖プロジェクトをメインにした5時間にわたるプレゼンテーションでした。

クレニオセイクラルセラピー(頭蓋仙骨療法)の教育機関であるアプレジャー・インスティチュート、神経マニピュレーションのバラル・インスティチュート、ロルフィングのアイダ・ロルフ・インスティチュート、筋膜クレンジングテクニックのメルトメソッドの創始者スー・ヒッツマン先生を初めとするファシア関連の教育機関の支援を受けたGil Hedley先生の講義には、ほぼ口コミで数百人の聴講生が集まっていました。私が実習に参加したときのチームメートやアシスタントをしている時に知り合った解剖実習ワークショップの常連の参加者は、それぞれにファシア研究関連のワークショップを主催し、広い人脈を持っています。

Hedley先生がコロナ時に研究室に閉じこもり17ヶ月にわたって実施した「AからZまでの解剖学」プロジェクトと2023年の神経解剖プロジェクトでいっしょにアシスタントを務めたFauna Moore先生はファシア研究学会によりドイツのグーベンで行われたファシア・ネット・プラスティネーション・プロジェクトの立ち上げ時のメンバーの一人でもあり、ノースカロライナ州で解剖研究所で教育プログラムを担当されており、ファシア研究で著名なイタリアのカーラ・スタッコ博士のワークショップにも度々参加されています。Hedley先生の実習時に何度もお会いしたLauri Nemetz先生もファシア・ネット・プラスティネーション・プロジェクトに関与され、The Myofascial System in Form and Movement を出版されており、2014年から2021年までトム・マイヤーズのアナトミー・トレインズ解剖ラボでアシスタントを務められていました。彼女は日本からの学生グループを何度も教えた経験があるので、ご存じの方もいらっしゃると思います。現在はヨガ・アナトミーのLeslie Kaminoff先生と呼吸に重点を置いたヨガインストラクター向けの解剖実習ワークショップを主宰しておられます。他にもGil Hedley先生のIntegral Anatomy(統合解剖学)ファミリーのメンバーの見覚えのある顔が何人も見られました。

レクチャーの前半はご献体AnnaとZ、そしてJerryとGeorgeの解剖映像を使って、脳の構造の説明が行われました。先生はご献体を固有名詞(本名ではありません)やニックネームで呼ぶことにより、私たちが見ているものが、抽象的な人体構造ではなく、教育のためにご献体して下さった個人であることを強調され、その時に得られた学びに対して感謝の念を表明されます。個人的な気持ちですが、私がHedley先生の解剖実習だけに惹かれる理由はここにあると思います。

頭蓋骨の内側にある脳髄膜(硬膜、くも膜、軟膜)と脳脊髄液の関係と構造を示し、12の脳神経をひとつひとつポイントアウトして位置関係を説明されました。ご献体2体の脳を比較することにより、視覚的に、位置関係の理解がより深まりました。

ご献体Georgeの脳の画像を使い、脳の構造の説明がありました。構造の説明だけではなく、機能の説明や、右脳/左脳の認知パターンの違いついてのお話しや、下垂体や松果体の位置を自分の脳で見つけるエクセサイズなど、Hedley先生ならではの内容となりました。

実は私は解剖実習に参加したときに担当のご献体がGeorgeだったのですが、脳の解剖については全く記憶から消えていました。当時は、まだ脳や神経に関心がなく、筋肉にのみ集中していたのだと思います。自分に受け入れる準備が整っていないと、目の前にある知識を吸収することさえできない、ということを思い知りました。脳や神経に意識が行くまでに、10年かかったことになります。

10分間の休憩(実際はもっと長かったですが)をはさんだレクチャー後半では、5ヶ月間をかけたご献体「Captain」の神経解剖プロジェクトの全容が明らかになります。私は1週間だけのアシスタントでしたが、その一週間にHedley先生とアシスタントをしていたFauna Moore先生の解剖をひたすら観察し続け、–筋肉や骨格に焦点を当てたいつもの解剖とは全く異なる特殊でデリケートな解剖なので、すぐには始めさせてもらえませんでした–数日間ひたすらに縫工筋に至る細い神経の末端を少しずつ剖出する気の遠くなるようなプロセスを経験しただけだったのですが、一度そこにあることが分かれば、二度と無視できない、という先生の言葉通り、次に解剖実習に参加したときに、大腰筋の中を通る神経を、それが何という名前の神経かもしらないままに、きれいに剖出できました。なぜ今まで見えなかったのだろうと思います。

Hedley先生はまず皮神経を剖出して見せ、これが真皮、皮下組織、脂肪組織を通してどのように走行しているか、神経とリンパ管、静脈、動脈の関係、さらにファシアと神経の関係性、特に知覚神経の分布と病状の関係性についてのお話しがありました。

自律神経の剖出プロジェクトのプレゼンテーションはメインイベントです。特に迷走神経と腸神経はトラウマセラピストやホリスティックなセラピスト業界で今時ホットなトピックです。解剖学界隈では時代の寵児といえるような構造が時にふれ浮上します。10年以上前には解剖実習で大腰筋を見たがる参加者が多かったのですが、最近は迷走神経を見たいという声がしばしば聞かれました。

プロジェクト助手をした際には、Hedley先生は迷走神経(Vagus Nerve)を脳幹から心臓までたどる過程を迷走神経を剖出しながら撮影されていました。その時にはあまりに複雑で私の理解を超えていたのですが、あらためて順序だった説明を聞いて、理解が深まりました。Captainの迷走神経は何度も別の神経と吻合し、時に逆走しながら、神経叢を形成し、心臓に達していました。さらに、肝神経叢、上腸間膜神経叢を初めとする自律神経叢や神経節を深骨盤までたどり、交感神経と副交感神経の役割についての考察がありました。

レクチャーの最後は筋骨格神経叢ーー頸神経叢、腕神経叢、腰神経叢、仙骨神経叢–の剖出、同定、そして筋との位置関係についての詳細が明らかにされました。

ヘドレー先生はこれらの解剖学的な知見を、人体のパーツとしてではなく、人とは何か、人はこの世界とどのようにかかわっていけるか、という哲学的な視点を加えて提示していると感じました。

Hedley先生のレクチャーを視聴すると、ボディーワーカーにとって「人体」とのかかわり方が大きく変わることは確実です。機会があれば、ぜひ参加下さい。

Hedley先生を日本にお呼びして、このプレゼンテーションやファシアのプレゼンテーションをしていただくのが私の夢です。そのために日本語で発信する努力を今後も続けたいとおもいます。拡散、よろしくお願いいたします。

https://www.gilhedley.com/thenervetour

統合解剖学ワークショップ(2024)に参加しました。(その4)

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2024年5月6日から実施されているGil Hedley先生の統合解剖学6日間の解剖実習ワークショップの4日目は、筋の展開(reflect)と、腹膜を切開し、腹腔内の内臓の観察、肋骨前面を切除して胸郭内の内臓の観察を行いました。

腹膜を切開する前に、腹筋の構造についての詳細な説明がありました。腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋、腹直筋のファシアの層の構造と腹膜の関係は複雑です。

参加者のなかにVisceral Manipulationを行うセラピストが複数いましたが、開腹して腹腔内の内臓を見ると、必ずといっていいほどショックを受けます。内臓の位置は個人個人で大きく異なり、解剖図の通りのご献体はほとんど存在しません。

Running the bowel という手法で、手で直腸からS字結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸とたどっていきます。ご献体「キング」のS字結腸は極端に長いことがわかりました。さらに、小腸をたどると、胃に近づいたところでY字に小腸が分かれていました。胃と十二指腸の間に何らかの問題があったため、膵臓から膵液を得る乳頭部を温存し、別の部分を胃につないだのではないかと思われます。

解剖の詳細はHedley先生の統合解剖学Youtubeビデオをごらん下さい。このビデオは20年前のものですが、基本は同じです。

Integral Anatomy, V2 pt2: Deep Fascia and Muscle: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

Integral Anatomy V3 pt2: Cranial and Visceral Fasciae: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

日本語字幕つきです。

最新の解剖ビデオ(Anatomy from A to Z)はhttps://www.gilhedley.comから月額15ドルで会員登録することにより閲覧することができます。(こちらは英語のみです。)

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2024)に参加しました。(その3)

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2024年5月6日から実施されているGil Hedley先生の統合解剖学6日間の解剖実習ワークショップの3日目は、Deep Fasciaを取り除き、骨格への付着部を切除することなく、それぞれの筋を分ける(differentiate)作業を行います。

朝のミーティングで昨日のSuperficial Fascia層の解剖での個人の発見についてディスカッションが行われました。皮下脂肪層を切除していると、脂肪の中に筋繊維のようなものが見られることがあります。統合解剖学は肉眼解剖学であって、顕微鏡を使わないので、詳細は専門外ですが、皮下脂肪層の中に収縮性を持つ繊維が存在することが指摘されました。

頸部の解剖を参加者にデモンストレーション中の筆者

私は2日目から広頸筋を皮下脂肪層の中から剖出し、顔面から頸部にかけてsuperficial fasciaを取り除く解剖をしていましたが、耳下腺とその管、そして顎下腺をきれいに剖出するこができ、広頸筋を温存したまま、下の構造から剥がし、肩甲舌骨筋など、頸部の筋をデモンストレーションすることができました。Hedley先生は生徒に自分の行った解剖を説明させることにより、より深い学びの機会を与えてくれます。

解剖の詳細はHedley先生の統合解剖学Youtubeビデオをごらん下さい。このビデオは20年前のものですが、基本は同じです。

Integral Anatomy V2 pt1: Deep Fascia and Muscle: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

日本語字幕つきです。

最新の解剖ビデオ(Anatomy from A to Z)はhttps://www.gilhedley.comから月額15ドルで会員登録することにより閲覧することができます。(こちらは英語のみです。)

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2024)に参加しました。(その2)

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2024年5月6日から実施されているGil Hedley先生の統合解剖学6日間の解剖実習ワークショップの2日目は、Hedley先生がSuperficial Fasciaと呼んでいる層の観察と解剖と行いました。

最初に、先生からヨーロッパの解剖学の伝統による名称と英国の解剖学(グレイ解剖学)の伝統に基づく名称の違いの説明がありました。統合解剖学では皮下脂肪層をSuperficial Fasciaと呼ぶのに対して、カーラ・スタッコ先生を代表とするヨーロッパの解剖学では、Superficial Fasciaは皮下脂肪層の中にある膜状の組織を指し、それ以外は「脂肪」として認識するとのことでした。混乱を防ぐために、Hedley先生は欧州の伝統によるSuperficial Fasciaを指すときは、「カーラ・スタッコのファシア」と呼んでいます。学派による呼び方の違いをあらかじめ理解しておくことにより、混乱が防げます。

今回の実習のご献体は2体ともFixed(薬剤による防腐処理を施した)Cadaverですが、興味深いことに「キング」と参加者が名付けたご献体は、soft fixと言われる薬剤による固定が緩いもので、unfixed cadaverに近い質感が残っていました。薬剤の量、薬剤が浸透するまでの時間等により差が出るとのことでした。

統合解剖学ではSuperficial Fascia/皮下脂肪層を人体における重要かつ最大の器官であるととらえています。緩衝、保温といった物理的な役割に加え、レプチンを分泌する内分泌器官、無数のリンパ管が張り巡らされたリンパ器官、多数の神経終末を含む感覚器官、と様々な役割を果たしています。

脂肪は小さな粒状(lobule)になっていますが、粒の大きさや形状は部位によって大きく異なります。1つの脂肪の粒の中にはさらに小さな脂肪の粒が詰まっており、強靱なマトリックスとなっています。からだの部位によって異なる皮下脂肪層の厚みや質感を感じることは、手技施術者にとって重要な経験となるでしょう。

解剖の詳細はHedley先生の統合解剖学Youtubeビデオをごらん下さい。このビデオは20年前のものですが、基本は同じです。

Integral Anatomy, V1 pt2: Skin & Superficial Fascia: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

日本語字幕つきです。

最新の解剖ビデオ(Anatomy from A to Z)はhttps://www.gilhedley.comから月額15ドルで会員登録することにより閲覧することができます。(こちらは英語のみです。)

(つづく)

統合解剖学ワークショップ(2024)に参加しました。(その1)

コロラド州のInstitute for Anatomical Researchで2024年5月6日から実施されているGil Hedley先生の統合解剖学6日間の解剖実習ワークショップに参加しています。

5月のコロラド・スプリングスはまだ緑が少なく、雪が降ることすらあります。昼間は暖かいですが、朝晩は冷え込みます。

今回のワークショップは薬剤による防腐処理を施した(Fixed)2体のご献体を1体につき7人で6日間解剖するものです。昨年2023年には薬剤を使用せずに低温保存したご献体の解剖実習に参加したので、今年はFixedのクラスを選びました。Fixed Cadaverの解剖は組織が薬品により固定されているために、構造をより明確に観察することができます。どちらがよいということではなく、何を観察したいか、どのような体験をしたいかで選んでいます。

1日目の午前中はオリエンテーションで統合解剖学で解剖実習を行うための心構えについて、Hedley先生からお話しがありました。先生の解剖実習の基本は、「ご献体は私たちに学んで欲しいと願うドナーとその家族からの贈り物である」という感謝の気持ちを持つことです。先生はご献体を「ティーチャー」と呼んでいます。

今回の参加者は14名で、Institute for Anatomical Researchの所長のジムとカイロプラクターで地元のマッサージスクールで解剖をも教えているマダブが補助についてくれました。解剖実習の参加者はなぜか女性が多く、今回も14名中13名が女性でした。今回はロンドンからの参加者もいました。Hedley先生のワークショップのリピーターは私を含めて3名、他の先生の解剖実習に参加経験のある人も多かったです。指導者により異なる視点を得るというのも、重要な学びの経験となります。

今回のご献体は2体とも大柄な男性です。1体は鎖骨の下から腹部まで手術痕があり、開胸手術を受けたと思われます。もう1体も腹部に手術痕がありました。膝には恐らく人工関節置換手術の痕と思われるものがありました。ご献体はご高齢の方が多いので、ほとんどの場合、何らかの手術痕が見られます。

1日目はSkin layer(表皮と真皮)の解剖を行いました。

解剖の詳細はHedley先生の統合解剖学Youtubeビデオをごらん下さい。このビデオは20年前のものですが、基本は同じです。

Integral Anatomy, V1 pt1: Skin & Superficial Fascia: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

日本語字幕つきです。

最新の解剖ビデオ(Anatomy from A to Z)はhttps://www.gilhedley.comから月額15ドルで会員登録することにより閲覧することができます。(こちらは英語のみです。)

(つづく)

私の初めての統合解剖学ワークショップ(その1)

2014年に初めてGil Hedley先生の統合解剖学ワークショップに参加した時のメモが出てきたので、ご参考までにシェアしたいと思います。何も知らず、見るものすべてにドキドキした初々しいころの感想です。少々ポエティックですが、10年以上にわたる旅の出発点としてお許し下さい。医師や科学者でなくてもヘドレー先生の解剖実習から学ぶことは無限にあることを知っていただきたいと思います。ここ10年間に先生のワークショップも、私の見方も進化しましたが、根本的な部分は同じです。このワークショップは3週間にわたる特別実習でした。

2014年ワークショップ第1日

今日、私はある場所で(献体者の尊厳を守るために非公開となっていました)、「ファズスピーチ」で有名なGil Hedley博士と、私たちのご献体「トニー」に会いました。クラス全体の人数は約30人です。私のチームにはストラクチュラルインテグレーター(ロルファーとKMI)、ピラティスインストラクター、マッサージセラピストがいます。

これから私たちは1日8時間、週6日を3週間かけて、「トニー」と一緒に自分が何者であるかを学びます。

今日学んだこと:

  • 肌の色は表皮の厚みほどもありません。
  • ご献体を立たせると、彼らはより幸せそうに見え、より個人的なものに感じられます。
  • ご献体は腰の行くところに行きます。
  • 手と足は顔と同じように個人的なものです。
  • 慣れると、私の脳は手袋を通してのタッチに合わせて再調整され、直接触れた場合と同じように詳細な質感を感じることができます。

ヘドレー先生はご献体を「フォーム」と呼びます。

それぞれのフォームを立った姿勢にささえると、テーブルの上に横たわっているときには見えなかったストーリーが明らかになりました。 身体が空間をどのように占めるかは、その人自身の不可欠な部分です。 立っていると、より生きている状態に近く見えます。 ある女性のフォームは驚くほど背が高く、ダンサーのような足をしていました。 立っていると、彼女はより若く、より活発に見えました。 フォームの個性は、重力との相互作用によって形作られます。 物語は、空間における身体と重力の関係から生まれます。

Integral Anatomy Workshop は、手技療法士/ストラクチュラルインテグレーター/ボディワーカー/哲学者を対象とした、集中的で実践的な人体解剖ワークショップです。 医学部の肉眼解剖学の実習室の授業とはまったく異なります。

解剖は内省の行為です。 献体者からの贈り物の層を解くことで、参加者は自分自身の隠れた層を明らかにします。

Gil Hedley Ph.D
The Gross Anatomy Lab is  super clean.
解剖実習室はこんな感じです

肉眼解剖学研究室はとてもきれいです。カラースキームは次のとおりです。白っぽいリノリウムの床。 白衣。 黒いカウンタートップ。 黒い椅子。 オレンジ色のキャビネット、そして蛍光灯の下で輝くステンレススチールの数々。

私たちは、バックグラウンドで何らかの機械の音が鳴り続けるこの完全に人工的に消毒された空間で約 7 時間を過ごしました。

1日目は観察です。 メスは使いません。 私たちはトニーと長い時間を過ごし、手術痕などの表面の跡をメモしました。 学生のほとんどは何らかの手技療法士です。 私たちの関わり方は医学生とは明らかに異なります。 私たちは触れて共感を感じます。

Today I met the legendary Dr. Hedley, the Fuzz Speech Guy, and our cadaver “Tony” at an undisclosed location (out of respect to the donors).  Entire class consists of about 30 people.  My team includes two structural integrators (a Rolfer and a KMIer), a Pilates teacher, and a massage therapist.

I will spend 8 hours/day, 6 days a week, for three weeks to learn who I am with Tony.

What I leaned today:

  1. Skin color is not even epidermis deep.
  2. When you stand cadavers up, they look happier and you feel them more personal.
  3. Cadavers go where their hips go.
  4. An Invisible and inaudible bell works as well as a visible one
  5. Hands and feet are as personal as faces.
  6. Once I get used to, my brain re-calibrates for through-the-exam-gloves touch and I can feel detailed texture just like with direct contact.

Gil calls a cadaver human “form.”

Holding each form in the standing position revealed the story we didn’t see when they were lying on the table.  How the body occupies the space is an integral part of who they are.  Standing makes them look closer to the life.  One female form was surprisingly tall with dancer’s legs.  Standing, she looked younger and livelier.  Personality of the form takes shape through interaction with the gravity.  Narrative emerges from the relationship of the body with gravity in space.

Integral Anatomy Workshop is an intensive hands-on human dissection workshop for manual therapists/structural integrators/body workers/philosophers.  It’s quite different from medical school gross anatomy lab classes.

Dissection is an act of introspection. By unwrapping the layers of the donor’s gift, participants uncover hidden layers of themselves.  Gil Hedley, Ph.D.

The Gross Anatomy Lab is  super clean.
 The Gross Anatomy Lab is super clean.

The lab is super clean.  The color scheme is:  whitish linoleum floor; white lab coats; black counter tops; black chairs; orange cabinets, and lots of stainless steel glare under fluorescent light.

We spent about 7 hours in this totally artificial sanitized space with continuous humming of some kind of machines in the background.

Day 1 is for observation.  No scalpel.  We spent long time with Tony, taking notes of surface marks, such as surgical scars.  Most of the students are one kind of manual therapists or another.  Our way to relate is distincti

Fixed Cadaverについて

2024年5月の解剖実習ワークショップに申し込みました。2023年は防腐処理を施されていないご献体の10日間にわたる解剖実習ワークショップに参加しましたが、2024年は防腐処理を施されたご献体の6日間ワークショップを選択しました。参加を考えている方のために、防腐処理を施したご献体(fixed cadaver)についてお話しします。

Cadaver

日本語で死者の遺骸を表す言葉はいくつもありますが、ご献体は英語ではcadaverと呼ばれます。そのままの訳すと「死体」ですが、Hedley先生の解剖実習では、私達の学びのために献体して下さったdonor(献体者)と呼びますので、敬意と感謝の念を示すために「ご献体」と日本語に訳しています。

Fixedって何?

Fixedというのは、薬品による防腐処理を施されたご献体です。長期にわたる解剖実習を行う医学生が扱うのはhard fixedと呼ばれる強い防腐処理を施したご献体になります。Hedley先生の1週間のワークショップの場合は、soft fixedと呼ばれる比較的緩い薬品処理となります。

これに対して、Unfixedのご献体は低温保存したものであり、当然のことながら長期間の解剖には適さず、解剖実習中の温度管理に細心の注意を必要とします。

遺体の防腐処理はembalming(エンバーミング)と呼ばれ、アメリカでは葬儀屋で一般的に行われるものです。映画やドラマでエンバーミングを行っているシーンを目にしたことがあるかもしれません。原理としては、血液を除去し、防腐のための薬品を注入するものです。頸動脈や頸静脈、大腿動脈・静脈を引き出し、切れ目を入れてそこから薬剤を注入します。薬品の成分の比率等は、遺体整復師(エンバーマー)によって異なります。処置を行ったエンバーマーによって、ご献体の状態はかわります。

Fixed Cadaverの大きな特徴は、鎖骨の上の頸動脈が通る部分と、太ももの内側の大腿動脈が通る部分の切開したところを糸で縫い合わせていることです。初めてFixed Cadaverを見た人は、これを見て「?」という顔をすることがあります。このような、死後についたものは、artifact(死の所産)と呼ばれます。生きている間のその人とは全く関係ないものということです。

ほとんどのご献体で青あざのような鬱血色が観察されますが、死後のアーティファクトであることがほとんどです。

もうひとつ、注意しなければならないのは、防腐処理の薬品を体中に浸潤させるため、かなりな水分を含んでいることです。人工的にむくんだ状態になっています。

匂いは?

薬品の匂いがしますが、慣れたこともあってそれほど気にならなくなりました。初めての実習時にはマスクにエッセンシャルオイルを垂らしたりしていましたが、そのうち大部分の実習生はマスクをはずしてしまいます。呼吸器系の疾患のある方は、ハードコアなマスクをすることもあります。

UnfixedとFixed、どっちがいいの?

私はfixedとunfixedのいずれも何度も扱いました。ここしばらく、Hedley先生の長期プロジェクトのアシスタントをしている時以外は、unfixedの解剖実習を行っていました。

最近「unfixedでなければ解剖ではない」というような主張をしているワークショップが多くなっているとHedley先生は嘆かれています。どちらがいい、ということはありません。目的が何かによってどちらが適切かを選ぶということです。

Fixedは組織が「固定」されているので、一つ一つの構造を防出するのが容易です。特に、神経のようなデリケートな構造を剖出しようとすると、unfixedでは困難となります。脳の構造を観察したい場合も、unfixedでは柔らかすぎてはっきりと見ることはできません。

一方、fixedでは、関節が固定されており、「動き」を見るのには適しません。私は、unfixedの解剖時には、動きを重視して観察するようにしています。

どちらを選んでも、異なる気づきと学びを得ることができます。

2024年のワークショップの日程は以下のリンクから。

https://www.gilhedley.com/lab-course-details-and-schedule

ひとつとして同じもののない雪の結晶と人体

10年の解剖実習経験で「これがここにあるはずはない!」とか「なんでこの筋肉がここについてるんだ!」とか何度叫んだことでしょう。人体解剖図に描かれた構造と異なるアノマリー(Anomaly)/変則がないご献体はありませんでした。

Dr. Hedleyは、人体解剖図に描かれた人体は現実には存在しない、と教えられます。人体解剖図やモデルは、平均的な構造をひとつの形に表したものでしかありません。

人体と雪の結晶に共通しているものは何だと思いますか?

Dr. Hedleyの解剖実習の助手をしているときに友人になったDr. Gramkeはこのように説明しています。

コロラドでは雪が降っています。私は最近、雪の結晶がひとつひとつ異なることについて母と話しました。ほとんどの人はこれを知っています。特定のコンセプトは多かれ少なかれ一貫してくり返されますが、同じものはひとつとしてありません。

1000個の雪の結晶の平均を取ったひとつのイメージを勉強することによって雪の結晶について学ぶことを想像してみてください。これが雪の結晶を学ぶ限界だったとしたら、なんとむなしいことでしょう。

学校で解剖学を学ぶ時、私たちは正確に地図を暗記することを学び、大抵はこの特定の地図がすべての人に当てはまると教えられます。これは、学び始める時には助けになり、実用的です。問題は、雪の結晶と同じように、私たちはみんな異なるのです。臓器の位置にはじまり、骨格の形状の違い、神経血管系のバリエーション、細胞の生理学的そして生体力学的プロセスに至るまで、私たちは一人一人完全にユニークなのです。

本やパワーポイントスライドやプラスチック模型から学ぶのに対して、現実の人体から学ぶことの長所は、現実の生活のなかで発生するバリエーションについて学ぶことができる点です。「こうあるべきだ」という独断的な観点が薄れ、可能性の幅を開かれた心で見ることができるようになります。

Dr. Madhav Gramke

Dr. GramkeはコロラドのInstitute for Anatomical Researchで解剖実習のワークショップを主催されています。関心のある方は、以下のウェブサイトで詳細を確認してください。

https://integratechiro.com/education

With Dr. Gramke at Colorado Institute for Anatomical Research