心臓と肺の親密な関係

Gil Hedley博士のYoutubeレクチャーシリーズ(閲覧無料)

Lung-Heart-Lung Friendship: Learn Integral Anatomy with Gil Hedley

Youtubeに直接アクセスし、CCから日本語字幕を選択して下さい。

インテグラル・アナトミーの解剖実習では、しばしば心臓と肺はそのつながりを維持したまま、いっしょに剖出されます。Gil Hedley先生は内臓についてのプチ・レクチャービデオで心臓と肺を1セットとして説明しています。

ふつう心臓と肺はテキストでは別の章で扱われていますし、病院だったら心臓と肺は別の棟で扱われます。しかし、組織間の関係性を中心に据えるインテグラル・アナトミーでは心臓と肺は美しくドラマチックな1セットの臓器としてとらえています。

心臓は私たちの胸の中にある美しい天使であり、肺はその翼です。肺は膨らみ、心臓という天使はその翼を広げます。血液は絶え間なく全身を巡り、心臓から肺へ、肺から心臓へと巡っています。

心臓と肺、それは体の中心にあり、そこで血液の流れは勢いを取り戻し、栄養分と酸素で満たされた血液は命の息吹で満たされるのです。

肺というと私たちは空気の話しだと考えがちです。息を吸うと体に大気が流れ込みますね。しかし酸素と二酸化炭素は血液を介して受け渡されるのです。

微細な毛細血管が肺胞を取り囲み、その境界面で酸素と二酸化炭素が受け渡されるのです。肺について語る場合、空気だけでなく血液についても語る必要があることを理解していただきたいのです。

肺は心臓の翼です。無数の静脈と毛細血管が肺に浸潤し、肺胞を包み込み、酸素と二酸化炭素の交換を可能にしているのです。

肺はまた心臓をマッサージしています。息を吸うたびに肺が膨らみ、心臓は肺にやさしく押され、心地よいプチマッサージを一日中受けているのです。

心臓そのものも、常にとてもダイナミックなリズムで鼓動しています。常に同じ単調なリズムのダンスを繰り返しているのではありません。心臓はわたしたちの胸の中でリズミカルに踊っているのです。

そして心臓の渦動性の収縮により、血液は高速で回転し、力強い渦流となって栄養素と酸素を運び、生命の息吹を私たちの胸から全身に運ぶのです。

病院の診察室の壁に貼られているのを見かけるイラストでは心臓は「ポンプ」として描かれていますが、実際のところ心臓はポンプのように働くわけではありません。渦を巻きながら押し出される血液は全身を駆け巡った後、圧力差により末梢血管からゆっくりと、ゆるやかに流れる川のように心臓に戻り、再び回転し、勢いを取り戻して再び全身に滋養を運ぶミッションに旅立つのです。血液は命の恵みを運びます。

さて、心臓と肺は胸の中にあります。胸部というと、肺は胸郭の肋骨縁に沿っていると考えがちですが、実は体の前面では腹部の臓器がかなり上まできているので、肺は肋骨の下縁まできているわけではありません。外側面は肋骨に面して胸郭を満たしています。

肺の上端の肺尖はずっと上の方にあり、鎖骨よりも少し上方に達しますので、手を首の下の方に当てて息を吸うと、肺が膨らんで鎖骨よりも上まで満たすのを感じることができます。

次に右手を胸骨の真上において、そこから少し左にずらすと、心臓はまさにあなたの掌の下にあります。ほぼこぶし大といわれますが、世の中に大きい人と小さい人がいるように、こぶしより大きいこともあれば小さいこともあります。

自分の心臓の位置を知り、こぶしをつくって胸に当て、これが心臓だと想像することと、実際に心臓のある場所に意識を向けて、心臓の動きを感じることは別物です。

静かに、じっとして、背筋を真っ直ぐにして坐骨上でバランスを取って座っていると、鼓動が全身に伝わり、内側からあなたを揺り動かすのを感じることができます。リラックスして、バランスを保てば、心臓の鼓動は力強い波を生み、そのリズムが全身に広がるでしょう。

心動があなたを動かし、心臓に動かされるのを体感すること、それは美しいメディテーションです。

心臓と肺は私たちの胸の中で手に手を取り合って生きています。しかし、ほとんどの人が気づかないのは下半身からの血液をすべて心臓に注ぎ込む下大動脈が肝臓の裏を通っていることです。心臓と肝臓の間を隔てているのは横隔膜だけです。肝臓は肺が拡張すると下に押されます。心臓の鼓動は肝臓にも伝わっています。

心臓と肺はそれだけで孤独に存在しているのではなく、他の内臓も心臓の動きを感じています。横隔膜のすぐ下には肝臓と胃があります。肝臓は中味がつまっています。胃は中空です。異なるタイプのドラムのようなものだと考えると、心臓はこれらのドラムを打ち、周囲の内臓とコミュニケーションを取っていると言えます。心臓はソロではなく、バンド演奏をしているのです。そして心臓の奏でる音楽に他の内臓が耳を傾けるのです。

これらの内臓はお互いに非常に近い位置にあるので、いちいち脳に問い合わせて、「今心臓は何をしているの」と訊く必要はありません。常に心臓の鼓動を直に感じているからです。

あなたの胸の中に住む心臓と肺の天使の歌に耳を傾けて下さい。全身に命を吹き込んでくれます。

解剖実習事始め

初めて解剖実習を経験したのはSwedish Institute College of Health Sciencesに在学中の必須科目の一つだったからです。解剖実習といっても、prosection(プロセクション)と呼ばれるもので、すでに専門家により解剖をほどこされたご献体(cadaver)を使って、学生に身体の構造をデモンストレートするものでした。

マンハッタン内の某医大の解剖実習室(ラボ)は想像通り広くて暗くてひんやりとしており、強い薬品の匂いが充満していました。学生たちは「羊たちの沈黙」の映画のように、鼻の下にメンソレを塗って、恐る恐る解剖台をのぞき込みました。何度もデモンストレーションで使われていると思われるご献体は茶色く乾ききっており、筋肉は紙のように薄く、現実感がありませんでした。インストラクターはホラー映画に出てくる検死官を思わせる変人そうなおじさんで、ご献体をひっくり返すときに「あっ、内臓出ちゃった」などと言って、おびえる学生をからかっていました。恐らく毎回やっているんだろうなと思いました。何にも触れていないのに衣服にホルマリンの匂いがつき、帰宅してすぐにシャワーを浴びて着替えたことを覚えています。

別の年には、Gunther Von Hagensのボディワールド(https://bodyworlds.com)という人体の展覧会がマンハッタンで開催中だったことから、ラボの代わりにこれを選択することができました。プラスティネーションという特殊処理により、立体的な人体構造を様々な角度から観察することができました。とてもクリーンなプレゼンテーションでしたが、実際の人体とは異なる美術品を見ているように感じました。

学校では座学で解剖学のテキストブックを使って勉強をしましたが、筋肉や骨格の名前を覚えて、試験で満点を取っても、実際に生きた人間の体での理解が深まりません。私は2次元のイメージを3次元に置き換えることができず、組織間の関係がどうしても頭に入りませんでした。無事卒業後にもYouTubeで医大の解剖実習教材ビデオを探して見ていましたが、ほとんどの場合局所解剖(regional anatomy)で、全体との関係が全く分かりません。自分の体との関係もわからず、実感が湧きませんでした。私は「kinesthetic learner」と呼ばれる触って動いて覚えるタイプのため、特に理解が難しかったのです。

そんな時、偶然見つけたのがGil Hedley先生のIntegral Anatomyシリーズでした。先生の解剖アプローチは「このレッスンでは肩の構造を解剖しましょう」という局所解剖と全く異なり、1体のご献体をホリスティックに探索していくもので、初めて腹落ちする感じを持つことができたのです。食い入るように8本の解剖ビデオを見たあと、この人はどんな人だろうとググってみました。そこで、3週間の特別ワークショップがニュージャージー州の某医大で実施されることを知り、清水の舞台から飛び降りるのりで締め切りギリギリに申し込んだのがことの始まりでした。

2014年の当時、私はメスも握ったことがなく、いわゆる試験に受かるためだけの解剖学の知識しか有りませんでした。解剖前のご献体を見たこともなく、不安なことばかりでしたが、一生に一度しかない機会と思い、参加したのです。それから毎年解剖実習室で過ごすことになると誰が予測できたでしょうか。

初めての解剖

初めての解剖実習はGil Hedley先生の特別な研究プロジェクトでした。某医大の肉眼解剖学(Gross Anatomy)実習室に解剖台を8台並べ、1台につき4人のチーム(通常のワークショップでは8人です)が週に6日、3週間にわたり解剖を行いました。

驚いたことに参加者の大部分がリピーターでした。職種はマッサージ・セラピスト、ヨガインストラクター、ロルファー、彫刻家、助産士、ピラティスインストラクター、整骨医、解剖学のインストラクター、と様々でした。このとき一緒に受講した人達と今でも再びワークショップでよく出会います。

実際に自分の手でメスを入れるのには大きな勇気が必要でしたが、そのうち目の前に広がる人体の驚異に満たされ、2次元でしか見たことのない人体の内側の構造に自分の手で触れることにより得られる理解の深さに圧倒されました。いかんせん、基礎知識が不足していたため、何を見ても驚くだけで、詳しい説明をしていただいても吸収しきれず、最後の数日は飽和状態になってしまいました。

実習が終わった後、これが最初で最後の解剖実習だと思ったのもつかの間、翌年のワークショップは「unfixed」(薬品による防腐処理をせず、低温保存された)ご献体を解剖するとの告知があり、リピーターに訊いてみたら、「全く違うから絶対やれ!」「お花畑のように美しい」「関節が動くので動きを観察できる」との声が上がり、恐る恐る申し込んだのが運のつきでした。その美しさに魅了されてしまったのです。

以来約10年、延べ1,300時間以上をGil Hedley先生と解剖実習室ですごしています。